東京散策1

こんばんは、関沢です。

東京を散策して、その都度気になった場所を紹介していく東京散策1回目、東京に住んでいて今まで一度も行ったことがなかった場所、東京タワーについて書いてみます。

 

東京タワーは、東京都港区芝公園にある総合電波塔の愛称である。正式名称は日本電波塔。1958年12月23日竣工。東京のシンボル・観光名所として知られる。

 

ある休日に友人と東京タワーの話題になり、行ってみようと話した時刻は22時半。でに最終入場の時間は過ぎていましたが、せっかくなのでと目指すことに。

 

大江戸線の大門駅から歩くこと7、8分。オレンジ色の東京タワーが間近に迫ってきました。

 

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オレンジ色の心理効果は
賑やかさを感じ陽気な気分になる
エネルギーと開放感を与える
親しみが生まれ仲間意識を高める
緊張を和らげ力を出せる状態にするなど。

近づくにつれて、どんどんワクワクしてきました。東京タワーに特別な思い入れがない分、突然サプライズプレゼントをもらったような、「こんなに綺麗なんだ」というシンプルな感動が次から次に湧いてきます。

 

そしてその先には、遠目に見るよりもさらに眩く光る東京タワーが真っ直ぐ空に向かって突き出ていました。

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普段暮らしている中で、辛いこと、悲しいこと、残念なことはそうそう尽きることはないと思います。ただそんな中でも、自分の想像をはるかに超えるくらい大きく明るく綺麗なものには、日常生活に疲れた心をそっと和らげ、満たしてくれる力があるかもしれません。

 

東京散策一回目は以上です☆
本日もありがとうございました。

生い立ち10

こんばんは、関沢です。
今日はあいにくの雨ですが、生い立ちの続きを書いていきます。

 

前回は高校生活について書きましたが、まだまだ高校生活は続きます。

 

当時の成績は、ほとんどの科目が5点満点中5という評価でした。高校受験の無念から二度と同じ失敗はするまい、と心に決め勉強にひたすら打ち込み、遊びも我慢、運動もしない、学校と塾の往復という毎日、では全くありませんでした。もともと頭が良かった、ということも高校受験を失敗しているためあり得ません。それにも関わらず、なぜオール5に近い数字だったのか。

 

それは、通った高校に関係がありました。その高校はとても不良が多く、ほとんどの学生は勉強をすることなく過ごしているため、少し勉強をすれば簡単に高得点、高評価と見なされました。それによって僕の成績はどんどん上昇したことが事実です。

 

そして高校三年になり大学進学を決めた際、その3年間の成績のおかげで、ある有名大学への推薦入試のチャンスを得ました。主要科目はほぼ満点のため、通常の試験よりはるかに合格の可能性が高いと聞き、本当に頑張った甲斐があったと嬉しくなったことを覚えています。

 

 

ただ、現実は甘くはありませんでした。推薦入試に関して、筆記テストはほぼ白紙となる難易度、面接ではほとんど答えられなかった厳しい質問攻め。結果は当然不合格。

「自分は能力が高いのではなく、たまたま目立つ環境下にいただけ」まさに井の中の蛙ということを瞬時に悟りました。

 

今振り返ると、そのとき現実を認識することができてとても良かったと感じます。当時決していい気になっていたつもりはないのですが、特殊な環境ではあっても評価されていたため安心し自分を高める努力を怠っていたこと。その結果、一歩外に出ると全く通用しなかったこと。

 

厳しい現実を直視し、今の自分の力では通用しないことを認識したからこそ、そこから本気で努力することにつながりました。

 

 

自分にとって居心地の良い環境であればあるほど、危機感を持って考える習慣が今も残っています。それはいい意味でも悪い意味でも当時のショックがとても大きなものだったことが関係しているようです笑

 

本日も最後まで読んで頂いてありがとうございました。では失礼します。

パンダコパンダ

こんばんは、関沢です。
今日は好きなアニメについて書いてみます。

 

今年の夏は六本木でジブリ大博覧会があるようです。ジブリ作品はとても好きなので、機会があれば見に行きたいと思います。

 

今回のブログはそのジブリでも特に気に入っている作品について書いてみます。

「パンダコパンダ」1972年製作

 

「風の谷のナウシカ」の公開が1984年でその12年前の作品。「となりのトトロ」の原型とも言われています。また当時、日中国交正常化を記念して中国から2頭のパンダが贈られ、日本では初めて目にする愛らしいパンダに大人から子供まで心を奪われ、空前のパンダブームが巻き起こったそうです。

 

今見ても40年前の作品とは思えない作りで、登場人物はものすごく元気な女の子と、ぬいぐるみもびっくりするくらい可愛らしい子パンダとそのお父さんパンダ笑

 

どんどん引き込まれるストーリー展開、ほのぼのとした会話、陽気でアニメにぴったりな主題歌含め、見終わったあと心がほっと温まり優しい気持ちにさせてくれるとても素敵なアニメです。機会があればぜひ一度ご覧ください☆

 

今日のブログは以上です。失礼します。

価値観の共有

こんにちは、関沢です。

今回は「価値観の共有」というテーマで書いてみます。

 

ここで書く「価値観の共有」は、会社の方針だったり、みんなで同じものを共有する、何かを強制するといった意味ではありません。あくまで「楽しむこと」を目的とした「価値観」の「共有」です。

 

例えば友人や知り合いがとても楽しそうに趣味の話をしていたとします。その内容に、まず興味を持ってみること。試せるものなら試してみて、その上で違うと思えばそれまで、でも結果的におもしろいと感じた際はどんどん好きになっていく、それが「価値観の共有」だと考えています。その対象は音楽、映画、趣味、食べ物、どんなものでもかまいません。

 

具体例として、ノーベルライフスタッフのしがりょうすけの価値観に僕は影響を受けたので書いてみます。

 

簡単に紹介をすると、しがは自らを「公園男」と名乗るほど大の公園好きです。ブログには歩いた公園の記録が淡々と書かれています。

とうきょうさんぽ「雨桜」park1
とうきょうさんぽ「cemetery」park2
とうきょうさんぽ「田園」park3
とうきょうさんぽ「聖蹟 on 桜ヶ丘 」park4
とうきょうさんぽ「谷と尾根を行ったり来たり」park5

 

僕はもともと公園が好き、というよりあれば行くけれどそう頻繁に自分から行きたいとは思いませんでした。ただ、しがの話やブログから伝わってくる情景に惹かれ、試しに公園に行ってみたところ、今は僕も公園が大好きになりました。

 

人が楽しむことには理由があり、それが嫌いなことでない限り、その人の価値観に興味を持ってみることを心がけています。ささいなことではありますが、もしその価値観が自分にとっても楽しめるものであれば、自分の人生に新たな楽しみを生み出せたような、少し得した気分になりました。

 

今日は公園男に教えてもらった「価値観を共有」する楽しさについてのブログでした。

 

今日のブログは以上です☆失礼します。

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コンプレックス

こんばんは、関沢です。
今日は「コンプレックス」について書いてみます。

「コンプレックス」の定義

心理学でいう「コンプレックス」の定義は様々存在しますが、今回はその中でアルフレッド・アドラーの示す「劣等コンプレックス」という考え方で進めてみます。それは「コンプレックス」と「劣等感」を同義語とする考えです。自分が他人に劣っていると感じることに焦点を当てた「コンプレックス」について、自分自身の経験を交えて書いていきたいと思います。

容姿コンプレックス

僕の最大のコンプレックスは容姿コンプレックスです。容姿コンプレックス(醜形恐怖)とは、自分の顔やからだなど外見の欠陥に対するとらわれです。10年以上向き合うことができず目をそらしてきた部分ですが、この機会により深く考察してみようと思います。

背景

「おでこが広い」
「髪が薄い」
「はげている」
幼少の頃に友人、大人、周りの関わる人から言われた言葉は、ずっと自分の中に残っていました。そういった言葉に対して、意識的にも無意識的にも自分の容姿にコンプレックスを抱くようになったと感じます。次第にその感情をより明確に持つようになり、結果おでこを隠し、人に指摘されないよう生活してきました。また大人になるにつれて徐々にではありますが本当に髪が薄くなってきていると感じるようになり、その極度の不安を人に言うことは絶対にできないと、心の底で固く自分の殻に閉じこもるようになりました。他人の目を異常に気にしながらも、自分の力ではどうにもできないと諦めていた気がします。今自分自身を分析すると、そういった感情の流れがあったと感じます。

向き合い方

その向き合い方は今も模索していますが、自分が取り組んでいることをご紹介します。

・人に伝えること
今までどうしてもできなかったこと、人に話す、ブログに書いてみるということです。少なくても自分1人で抱えていた気持ちを軽くすることにはつながると考えています。

・人の話を聞くこと
その上で感想を伝えてくれる人がいれば、相手の声に耳を傾けます。それによって周りの人が、自分以上には自分のコンプレックスに興味を持っていない、気にしていないということを知ることが目的です。

・受け入れること
全てを受け入れることは僕にはまだできませんが、自分の感じている悩みを正確に把握、認識することは、受け入れるために必要なことだと感じています。例えば、僕は幼少期からおでこが広いと周りから言われ、大人になったら本当に髪が薄くなっていると感じ始め、その恐怖とずっと向き合えず今生活をしている、と感じたままをまず受け入れること。自分の気持ちを歪曲せず、否定せず、あるがままの感情を受け止めることで、客観的に、冷静に、自分を見つめることが狙いです。

・コンプレックスを強みに変える
まだ完全にはできていないことですが今の向き合い方としては、今まで以上に短い髪型にして、自分がコンプレックスと感じていることを表に出してみたことです。そこからさらにオープンに、自分から笑いのネタにできるなど、強みに変えることができたらより自分が楽になるのではないかと感じます。

 

最後に

「コンプレックス」への向き合い方、それは簡単にできることではないと自分の身を持って感じています。ただ今自分が取り組んでいることで、何か一つでも様々な「コンプレックス」を抱えている方の力になれればと考えました。ノーベルライフではお客様が感じる苦しいこと、悩んでいること、誰にも話せないことを心を込めて、否定せずに聴かせて頂きます。「誰かに聴いてもらいたい」と感じた際はいつでも気軽にお電話頂ければと思います☆

 

 

今日のブログは以上です。良い週末をお過ごしください☆

花火大会

こんばんは、関沢です。
今回は夏の恒例行事について書いてみます。

 

毎年夏になるとワクワクして仕方がありません。どんな楽しみがあるかというと、家から見える鎌倉花火大会です。

 

僕の中ではその準備からすでに花火大会は始まっています。まず浴衣ですが着るのもだいぶ慣れてきて、やっぱり夏は浴衣を着ないと始まらないと毎年同じ気持ちになります。

手持ちアイテムとして、大量のビールとうちわと蚊取り線香は必須です。欲をいえば線香花火とかき氷、せっかくなので猫も一緒に楽しみましょう。

 

大きなバケツにたっぷりの氷と大量のビールを抜かりなく冷やし、準備ができたら縁側へ。

軒下のガラス風鈴からは、花火が始まるまでの間、高ぶる気持ちを静めてくれる繊細な音色が聞こえます。縁側から街を見下ろし、ほっと一息ついた頃にはついに花火が始まります。

 

暗い闇に光の粒が舞い上がり、そこから生み出される色鮮やかな光の合唱。ビールを飲むことも忘れ、汗をかいていることも気にならず、一瞬の光の輝きをただただ脳裏に焼き付けようと見入ります。またその一瞬はどんなものより短いけれど、どんなものより美しいと感じます。

 

あっという間に花火大会は終わり、もとの静寂と風鈴の音色が支配する日常に戻ります。そんな夏を過ごすのは今年で何回目だろうと余韻に浸りながらも、まだまだ夏の宴は続きます。

 

 

一つだけ注意点として、この記事は僕の頭の中で作った妄想です笑

 

 

毎日とても忙しい方、疲れてどこにも行きたくない方、なかなかそんな場所に行く機会がない方でも、簡単にできるストレス発散方法。また個人的には妄想だけで楽しい気持ちを持続することが可能です笑

 
本日のブログは以上です。おやすみなさい。

散歩2

こんばんは、関沢です。

今回は、散歩についての2回目です。

 

考え事をしていて行き詰まったとき
気持ちをリフレッシュしたいとき
景色を変えたいとき
お腹を空かせたいとき
どうしてもポジティブに考えられないとき

僕は散歩に出かけます。

 

そんなある日の日中
散歩をしていて見つけたお花。

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名前はわかりませんので
ご存知の方は教えてもらえると助かります。

 

普段は花に気を止めることもそうそうありませんが、なぜか今回写真に収めずにはいられませんでした。

 

色鮮やかな花びらに引き寄せられ
今満開の花びらと
これから満開を迎えるつぼみが入り乱れ
それぞれが今この瞬間を精一杯生きている

そんな考えを巡らしながら眺めていました。

 

同じコースを散歩をしても
その時々で目に入るものは異なり
その時々で気づくことも異なること。

 

そんな発見も散歩をする醍醐味だと
今回再認識できました。

 

本日もありがとうございました。失礼します☆

笑うこと

おはようございます、関沢です。

今回は「笑うこと」について考えてみます。

 

生活の中で幸せを感じる場面は様々ありますがその一つ、「笑うこと」はどうしても外せない要素だと感じています。それは笑うことがないと心は満たされず、ささやかな笑いを日常に感じる瞬間こそ幸せの実感があると思っているからです。

 

とは言っても、笑うことを忘れてしまうことも多々あります。自己分析をすると、いい意味でも悪い意味でも真面目な性格のため、一つのことに打ち込むと余裕がなくなり笑いを忘れてしまいます。それを認識することで意識的に笑いを感じられるよう日々過ごしています。

 

笑いの効果を調べてみると、脳の働きが活性化、血行促進、自律神経のバランスが整う、筋力アップ、幸福感と鎮痛作用などもあるようです。そして笑うことで幸せを感じられるとしても、何もなく笑っているわけではないはずなので、自分が笑いを感じる瞬間を考えてみました。

猫と戯れているとき
美味しいご飯を食べたとき
友人と話しているとき
映画を見たとき
温泉に入っているとき

漫画、小説を読んだとき
嬉しいことがあったとき
音楽を聴いたとき
自然の中でリラックスしたとき
できないことができるようになったとき

 

上記の例は少し抽象的になってしまいましたが、今特に笑いを感じる瞬間は「お客様と話しているとき」です。何気ない雑談、お客様のユーモア溢れる体験談、おすすめの笑える動画や音楽を教えてもらったとき、気づいたら笑いの方向に持っていってしまうお客様の習性、あげたらきりがないほど笑わせてもらっています。

 

笑ってはいけない、不謹慎だ、という見方も当然存在します。もちろん真剣に思い悩み、苦しみ、困っているお客様との会話で笑いを感じることは決してありません。

でもお客様の会話が笑いを生み、それによって僕が反応し、さらにお客様も笑うことができたら、その循環に無駄なものは存在しないと考えています。またそう思わせてくれるお客様に感謝の気持ちは尽きません。

 

今回は笑うことによって、感じる幸せを大切にしたいと思い書いてみました☆

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。失礼します。

とうきょうさんぽ「谷と尾根を行ったり来たり」park5

公園男です。

コンクリートで固められた用水路を上流に向かって歩いていると…

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やがて、ミドリくさい苔の香りがただよってきました。

image顔を見上げると、いつのまにか森の中。

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ご親切に歩きやすいウッドロード。途中で外国のおじさん達が揃いも揃って昆虫採集をしてました。

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坂道、白いコンクリートの道が歩くスピードを早めてくれます。

緑と白の構図が目に優しく、とてもキレイでした。

どこに辿り着くのかわからないけど、信じて歩きます。

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まだ、頂上までの道のりは続いていましたが、今回は、満足できるのはこの8合目と察知。

ここで、コーヒーでひと休み。

川をはさんで、向こう側にかすかに見える中央線。

電車の音が聞こえそうで聞こえない。

どんなに汗をかいていても、木に囲まれているだけで、涼しいきもちになれます。

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長沼公園

京王線長沼駅から徒歩5分

夏2

おはようございます、関沢です。

以前について書きましたが今回は第2弾。僕は毎年夏になると「ゴーヤ」が頭に浮かぶので、その「ゴーヤ」について書いていきます。

 

※ウィキペディア
2001年から2007年まで放送された、沖縄県の小浜島と沖縄本島などを舞台にしたNHK連続テレビ小説『ちゅらさん』により沖縄の文化が注目されるようになり、また、ドラマで擬人化したマスコット「ゴーヤーマン」が登場して、ゴーヤーの名が広まった。また、沖縄料理の中でも特に人気のある料理であるゴーヤーチャンプルーの材料として、全国的に需要が増加した。

 

沖縄、ゴーヤチャンプル、夏バテ効果、連想するものは様々あるかと思います。僕が今でも夏になるとゴーヤを連想するのは、10年以上前の出来事が原因です。

 

当時暮らしていた実家の部屋は日当たりのいい2階でエアコンがなく、夏になると想像を絶する日差しが射し込みました。暑さを防ぐには自分が慣れる以外に浮かばず、とても苦労した記憶があります。

そのとき親が家の前の小さな庭にある植物を植えました。それがゴーヤ。最初はゴーヤチャンプルが食べれたら嬉しいなという程度にしか捉えていませんでしたが、ゴーヤはみるみる伸びていき未知の生物に遭遇するような感覚を持ちました。

地面から数センチ、1階の部屋から見える高さ、見上げる高さ、2階に届き、2階を覆い尽くす。そのときには、2階の僕の部屋に緑のカーテンがかかっていました。

※ウィキペディア
緑のカーテンとは、植物を建築物の外側に生育させることにより、建築物の温度上昇抑制を図る省エネルギー手法。その効果としては、カーテンとしての遮光のほかに、建築物外壁の蓄熱の軽減、植物の蒸散作用のさいに発生する気化熱による周囲の温度の抑制、植物の光合成による二酸化炭素の吸収による地球温暖化の緩和、酸性雨、紫外線、急激な温度変化による外壁の劣化の軽減、植物の観賞や果実の収穫も期待されている。

 

ゴーヤカーテンによって風を通しながらも日差しは弱まり、視覚的にも緑を眺めることでリラックス効果もあり、ゴーヤも食べ放題、一石三鳥の道具を手に入れた気持ちで、ゴーヤに感謝が尽きませんでした。

 

そこで終われば最高でしたが、ここからが本題です。食べても食べても収穫が間に合わず、いつしか食卓にはゴーヤしか並ばなくなりました。連日続くゴーヤチャンプル、ゴーヤのおひたし、ゴーヤのスープ、ゴーヤの漬物、さすがに堪えました。2階の網戸を開けることができなくなり家はゴーヤに占拠されている状態、それでも涼しければ耐えるべきですがある日の出来事が決定的でした。

 

ふと夜中に目をさますと、月明かりが照らす網戸に張り付くゴーヤが人影のように、ホラー映画のワンシーンのように、寝ぼけながら見るその光景はこの世のものとは思えない恐怖と不気味さ、全身に寒気を伝えてくれました。

 

その夏以降実家でゴーヤを植えることはありません。

 

 

今でも夏になると連想する、夏のちょっとひんやりする小話でした笑

 

本日は以上です。失礼します。