生い立ち13

こんばんは、関沢です。
今回は生い立ちについて書いていきます。

 

高校生活編は前回終了すると書いたのですが、卒業式の数日前の忘れられない思い出だけは書いておこうと思います。

 

その日の昼頃、友人から連絡があり夜予定を空けておくよう言われました。なぜか嫌な予感がしてギリギリまで遊ぶことをためらいましたが、最終的には夜18時頃観念し友人5人と合流しました。

 

僕はヤマハのメイト、原付バイクが3台、2人乗りのスクーターが一台で海沿いの道を走り始めます。季節は3月、夜風は冷たくしっかり着込んでもまだ完全に寒さを防ぐことはできませんが、高校生活の終わり、二度と戻ってこないその瞬間を記憶に刻もうとただひたすら真っ直ぐ道を進みました。快調に夜のツーリングは進み、周りには気心の知れた友人、理由もなく僕も気分が高揚し最高の思い出作りを実現できた気がしました。

 

1時間2時間3時間。時間が過ぎるにつれて今度はどんどん不安に飲み込まれていき、途中コンビニで休憩しているときこんなやり取りをしたことを覚えています。

僕「どこまで行くの?そろそろ帰ろうよ」
友人「ゴールは箱根だよ。せっかくだから」
僕「え?このバイク高速乗れないし無理でしょ?」
友人「大丈夫だよ。明日にはちゃんと着いてるから」

 

ときすでに遅し。最初に感じた嫌な予感はこれでした。1人で引き返すわけにもいかずしぶしぶその挑戦に参加しました。車で高速を利用し渋滞がなければ往復4時間で十分帰ってこれるのですが、最高速度時速60キロのバイクで高速を利用できない無謀な旅は先が全く見えません。

 

途中アクシデントとして、友人の1人が検問で捕まり、警察車両に連行されていきました。整備不良か何かだったと思いますが、それはみんなにとってはこの上ない思い出の一つです。

 

4時間を経過するともうあとは苦痛以外何の感情も持てない状態でした。寒さで指の感覚はなくなり、同じ姿勢から体は痛み、疲労による眠気。2人乗りのスクーターの後ろに乗っていた友人はマフラーで自分と運転手を縛り寝ていました。行きだけでもよく無事に走り続けたと今では思います。

 

ついに5時間を経過し、やっと箱根の山に到着です。本当にささやかな達成感を味わい余韻に浸る中、凍った路面で友人の1人がバイクごと転び擦り傷を負い、それを合図に「すぐ帰ろう」と全員一致の見解により帰路へ向かいました。無茶苦茶な目標設定ではありましたがとにかくやり切ったという達成感と、1秒でも早く布団で眠りたい気持ちは全員共通だったと感じます。

 

さすがに運転中寝てしまうと大事故を起こしてしまうので、失いそうな意識を必死に保ち運転に集中しました。

 

2時間を経過した頃、前を走る友人達と一番後ろに自分。突然僕の目の前に赤く燃える鉄の塊が落ちました。後ろから大型トラックが来ていたため、僕は急いでバイクを路肩に止め、その鉄の塊を拾いに行きました。その赤く燃える鉄の塊は、行きの検問で捕まった友人のバイクのマフラーでした。あまりの長時間の運転にバイクが耐えられず、マフラーが燃えて落ちてしまったようです。仕方なくその鉄の塊を道路脇によけ、引き続き帰路を急ぎました。

 

一つ変わった部分としては、友人のバイクはマフラーを失ったことで消音機能が完全になくなり、50ccにも関わらず暴走族の集団に負けない騒音を鳴らし続けたことです。どんなに離れていても友人のバイクの音は聞こえてきて、その音が高校生活の中で聞いた一番大きな音、かつ最後の遊びでした笑

 

数時間後、無事朝方自宅について今回の遠征は終焉を迎えました。次回こそ大学生活編に突入します☆

 

本日のブログは以上です。最後まで読んで頂いてありがとうございました。

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