僕がなによりも傾聴を大切だと思った理由⑤

 

こんばんは、しがです。

前回の続き。

先生の名前はリッキー。

初対面なので、名前、年齢、趣味、職業、簡単な自己紹介を済ませる。

リッキーとの授業初日のはじまりは、写真を見て、どう思うかというものでした。

写真には、一面に空が広がっていて、上部に雲があり、その雲の割れ目に向かって地上から階段が続いています。その階段をかけあがっている人間が1人。

リッキー「これを見てどう思う?」

しが「先の見えないゴールを目指す人間で、決してゴールまであきらめない。」

リッキー「どうして?」

しが「天まで伸びている階段の先端が見えないので、先の見えないゴールとしました。いったん動き出したら途中であきらめるのは嫌だから。」

リッキー「素敵!素敵!」

という感じで、他の写真をもう何枚か見て、どう思うかのやりとりを繰り返した。

なるべく、どんな写真もポジティブに考えて、答えを出した。

その都度、リッキーは僕の答えに対して、笑い話を交えながら、共感してくれた。

このわずかな会話のキャッチボールで、リッキーには僕の何かがわかったようだった。

リッキー「生きててしんどくないか?」

彼が過去の経験や統計のようなものからそれを察知しているのか、感覚で察知したのかは、僕にはわからなかった。

ただ、彼の聴く力はとてつもなく凄いことだけは伝わってきた。

1畳くらいの狭い部屋の中、小さな机を挟んで2人だけの空間。

僕が話しをしている間、彼は瞬きもせず、笑顔でもなくシリアスな顔でもない丁度良い中間の顔でうなづく。

時折、感情の部分に対しては大きな手の振りでうなづいてくれる。

僕の発する言葉を大きくて柔らかいスポンジが一滴も漏らさず受け止めてくれるかのような感覚だった。

彼は聴く力に特化しているだけではなかった。

僕が言ったことに対してのいいかえでは、ユーモラスでわかりやすい言葉に置き換えられ、自分の言葉が良い塩梅で自分に突き刺さる。

ただし、先端が丸みのある言葉のような感じがしたので、突き刺さりはしない。

まさに彼はミスのない精密な鏡。

誤差なく丁寧に反射してくる。

ちゃんと聴いてくれてるからこその芸当だと思った。

最も印象に残っているのは、声。

耳に残る声というよりは脳に直接残るような声という感じがした。

それはおそらく彼の持って生まれた声の質かもしれない。

彼のしゃべる英語はネイティヴに近い早さなのに、頭に残る声により、意味が理解しやすかった。

ジョークを言うときは若干高くなるが、一定していて低くて甘い。

声が安定している。声によどみがない。声を信用できる。

声という最強の剣と傾聴という最強の盾を交互に使いこなされ、絶対に誰にも言いたくなかった自分の秘密ゾーンに足を踏み入れられ、自発的にすべてを話した。

ずっと背負ってきた重いものがなくなり、整理整頓され、身も心も軽くなった。

「これまで、よく頑張った」と言われ、さらに軽くなる感じがして、涙はえんえんと流れ続けた。

彼は抱擁してくれた。

ただ英語のレッスンを受けに来ただけなのに。

今この瞬間を外から見られたら、気まづいなとは思った。

続く