生い立ち16

こんばんは、関沢です。

今回は生い立ちについて書いていきます。

 

大学生活を楽しむことができないまま時間は過ぎていき、最初の冬休みを迎えた頃、父親が突然亡くなりました。

 

いつものように近所の友人とお酒を飲み深夜に帰宅すると、いつもいるはずの家族が誰もいない状況に心臓がドキドキと脈打ち何か尋常ではない出来事が起こったことを瞬時に悟りました。

 

家族からの着信が数十分前にあったことを確認し、かけ直したところ父親が倒れ救急車で病院に搬送され、その場に付き添っているとのこと。その足で病院に向かい、家族から経緯を聞きベッドに寝かされた父親を目の当たりにし、いつかはこういう日が来ることを想定しながらも、あまりに突然訪れたことを受け入れられず、呆然としていたことを今でも覚えています。

 

僕は父親のことはとても嫌っていました。短気で、口うるさく、幼少期からことあるごとに癇癪を起こしては叩かれた記憶、不摂生について家族から散々言われていたにも関わらず一切聞き入れない頑固さ、次第に会話をすることも減っていき、顔を合わせても挨拶も避けたいと思うほど嫌っていました。

 

そういった思いもあり、脳溢血により父親が倒れ、そのまま意識を取り戻すことなく翌日亡くなった際に驚きはあったものの、悲しいという感情自体はそこまで持たなかったということが正直な気持ちです。淡々とお葬式の準備を進め、親族が集まり、父親の友人が次々と参列し、どちらかというと盛大なお葬式という印象でした。その一連の流れはどれも初めて経験することばかりで疲れ、感傷的な気持ちになる暇もありませんでした。

 

次第に冷静に振り返る時間ができ、気づいたことがいくつかあります。

「父は友人がとても多くいたこと」
父の友人の方々は本当にお世話になりました、と口々に言い、その後何年もの間必ず命日にお線香をあげに来る人、ふらっと立ち寄り寂しいなあと話す人が絶えませんでした。家族に見せる顔とは異なり、友人を多く持ち慕われていたことが分かりました。

「いい奴だったこと」
ある日、父からみて従兄弟にあたるおじさんから話を聞く機会がありました。父親について、昔からああしろこうしろとおせっかいでうざいところもあったがいい奴だった、というおじさんの言葉はとても響きました。人が善く、どんなことでも相手のためになることなら労力を惜しまない、そんな人だということが分かりました。

「僕は父親がわりと好きだったこと」
僕が小さい頃、実家で父は酒屋をしており、よくレストランや居酒屋にお酒を届けに行っていました。その配達についていく代わりに、僕はそのお店でアイスクリームやパフェをよく食べさせてもらったこと、その往復の車の中で、俺は昔はこんなことがしたかった、と夢を話してくれたこと、家にしょっちゅう友人を呼んではお酒を飲みながら楽しそうに話していたこと、野球やバイクや映画の話になると止まらなくなる、趣味の世界に没頭する性格、今思い出すそういった一つ一つが、一緒にお酒でも飲んで話せたら楽しく過ごせたんじゃないか、という後悔を感じます。

 

大学生活で最も大きな出来事であり、時間が経てば経つほど父の存在は大きくなっていきますが、それでも亡くなった人のことは良い面も悪い面も含めて忘れていくこと、「今父がいれば」と思うことが何度あっても、自分の力で乗り越えていくしかないこと、もっと話しておきたかったと後悔するくらいなら話せるうちに話しておくこと、そういったことが今、回想して感じることでした。

 

本日のブログは以上です。ありがとうございました☆