人生万事塞翁が馬

こんばんは、関沢です。

今回はたまたま意味が気になった古事成語のご紹介です。

 

「人生万事塞翁が馬」
ある城塞のほとりに、老人とその息子が暮らしていた。ある日、彼ら親子の馬が突然逃げ出してしまったため、周囲の人々は馬を失った親子を気の毒がったが、当の老人は「不幸かどうかは果たして分からんよ」と、意にも介さない。間も無く、逃げ出した馬は立派な馬を連れて戻ってきた。不幸が転じて幸運となったために周囲の人々は親子の幸福を感心したが、老人はやはり意に介さない。間も無く、息子がこの馬から落ち脚が不自由となってしまったため周囲は同情したが、それでも老人は意に介さない。その後、戦争が始まって村の若者は皆兵に徴収され、ほとんどが戦死してしまったが、息子は脚が不自由であるため村に残った。こうして、老人と息子は共に生き長らえ暮らした。

 

常に身の回りの出来事は、幸運と不運が入り乱れて、不運と思う出来事が後々幸運に変わったり、幸運だと思う出来事が後々不運に変わったりも当然起こります。

 

日々生活する中で、次々押し寄せてくる不運が、いつか幸運に変わることがあるとしたら、僕は不運もただの不運ではなくなると感じます。

 

不運なことがあっても、その現実に打ちのめされるのではなく、じっと耐えること、それができればいつか幸運に変わることもあると解釈しました。個人的な解釈ではありますが。ご参考になる部分があればぜひ活用して頂ければと思います。

 

本日もありがとうございました。