験担ぎ(げんかつぎ)「モンブラン」

 

こんばんは、しがです。

高い目標を達成することは、高い山を登るようなイメージがあります。

山の頂上から見る景色は格別です。

その光景は、体力をきらして通ってきた険しい道のりを帳消しにしてくれるくらいに、苦労を忘れさせてくれます。

いろんな山に登れば登るほど、苦労してもいいから、もっと高い山に登り、そこだけにしかない景色を見たいという思いが芽生えてきます。

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甘いものは苦手なので、普段、チョコレートやケーキなどの洋菓子をほとんど食べません。

でも、

近所のパティスリーにある、大きな栗が2つ(内部に1つ隠れています)、甘すぎないマロンペースト、サクサクのタルト生地のバランスが絶妙で、唯一食べられる甘いものが、この「モンブラン」です。

毎日食べても、飽きないくらいに気に入ってます。

一度に2つくらいペロっと食べちゃいます。

ただ、無条件でいつでも食べられるわけではありません。

最初は、目標を達成したときだけ、成果の報酬として食べていました。

達成の対象となるものは、目標を達成するために費やした時間ではなく、評価される絶対的な数値に対してです。

数値をクリアするためには、いつまでになにをどうやって達成するかの具体的な計画、そのプロセスが不可欠だと思います。

同時に、モチベーションを下げることなく、達成するために効率的な活動を維持しなければなりません。

そこで、達成後の成果の報酬は、達成にさらなる喜びを与え、次の達成のための活動を継続させます。

「モンブラン」を成果の報酬とした場合、「モンブラン」を食べるためだけに目標を達成するほど、単純ではないし、そもそも「モンブラン」にそこまでの威力はありませんので、次につなぐという意味においては、報酬として弱すぎました。

しかし、「モンブラン」自体はどうでもよくて、目標を達成したら「モンブラン」を食べるという単純な関係式が重要でした。

「目標達成」→「モンブランを食べる」を繰り返すことで、いつしか逆転が起こり、「モンブラン」を食べれば次の高い目標もきっと達成できると思えるような流れになっていました。

まるで、「モンブラン」を食べることが次なる達成を実現させるための「験担ぎ」のように働いていました。

「験担ぎ」という形で、「モンブラン」と「達成」がうまい具合に重なりました。

努力せずにただ運にまかせる方法は好きではありませんが、

努力したことが元手となって、次なる努力につながるような運の使い方は好きです。

「モンブラン」のジンクスが起きないように、今後もやるべきことを継続していきたいです。

とうきょうさんぽ「東京湾」park12

 

こんばんは、しがです。

少し前ですが、東京23区内でも風力発電の風車を見られるということで、江東区の若洲海浜公園に行ってきました。

JR・地下鉄の新木場駅から、もうすでに風車が遠くに見えてて、駅からバスで10分ほどで公園に到着。

ほんとにお気軽にお昼休み感覚で行けました。

東京で見られる風車、インパクトはあったのですが、今回は、橋の方に目がいきました。

東京ゲートブリッジ

2012年に開通した橋で、夜間は、照明デザイナーの石井幹子さんが設計したライトアップを楽しめるようです。

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ここからは、海の方だけではなく、陸地の方の都心のビル群も一望できます。

渋谷、新宿、上野、浅草など、東京らしい場所はありますが、それらに引けをとらないくらいに、この場所には東京らしさをもろに感じられるパワーがありました。

次は、東京湾の違う顔を見るために、夜に散歩しようと思います。

接近-回避の葛藤④「ありがとうの言葉」

 

こんばんは、しがです。

先週、TV番組「ローカル路線バス乗り継ぎの旅第24弾」の放送がありました。

太川陽介さん、蛭子能収さん、女性タレントの3人が路線バスだけを乗り継いで4日間で目的地を目指すという、旅番組です。

あくまでメインはバスに乗ってゴールすることで、観光地は素通りします。

 

この旅にはシンプルなルールがあります。

①路線バス以外の交通手段は禁止。同じバスでも高速バスは禁止。バス交通が無い場合、歩くことは可能。

②バスの乗り継ぎ情報をインターネットで調べられない。頼れる情報源は地図、街の人、バスの車内の人、バスの案内所のみ。

 

簡単にゴールできそうですが、日本のバス交通には盲点があり、ゴールを阻みます。

①県境はバス交通が少ない(各バス交通会社のバス網が県をまたがないため)。例えば、岡山県と鳥取県の県境を通る路線バスがないため、その間8.5kmを歩くことになり、大きく時間をロスします。日本には県境を通るバスが無いケースが多く、旅の行程で県境の数が多ければ難易度は高くなります。

②過疎地に行けば行くほどバスの本数が少ない。本数の少ない所で、バスを1本でも見逃すと、大きく時間をロスし、そのミスでゴールできない場合があります。

 

今回の旅は、山口県の岩国から、京都府の天の橋立を目指すものでした。

旅の攻略の肝は、広島県→島根県、岡山県→鳥取県、兵庫県のどのタイミングで中国山地の過疎地の県境を越えるかということでした。

各バス停では、迫り来るバスの発車時刻とにらめっこしながら、メリットとデメリットを瞬時に精査し、バスの最適な経路を選択しなければなりません。

このバスに乗った場合その先のバスは乗り継ぎできるのか?県境までのバスはあるのか?県境をまたぐバスがあるのか?無い場合、どれぐらい歩くのか?等など

まさに、この苦渋の選択がこの番組の1番の面白さだと思います。

 

他にも、旅で出会う人とのふれあい、蛭子能収さんの女性タレントへの空気を読まない発言や独特のこだわり、太川さんのリーダーシップ、蛭子さんの原因によるケンカ、バスの車窓からの原風景など、みどころはたくさんあります。

 

その中でも、最も印象に残ることは、必ず「ありがとう」という言葉が出てくることです。

情報をたずねたとき、街の人とふれあったとき、バスから降りるとき、お世話になった人に対して、出演者は必ず「ありがとう」と言います。

自分も、知らない土地を旅していると、「ありがとう」の言葉が本当に身にしみます。

どんなシチュエーションであっても、自分に対して何かをしてくれたら、その場のメリット・デメリットの選択の葛藤なく、自動的に発せられる感謝の言葉、

毎回見るたびに、

当たり前の大切さや

感謝の気持ちを返すのをなおざりにしてはいけないと改めて思います。

 

1年のうちで、数回ある放送を心待ちにできる稀有な番組、

日本の地理の勉強にもなるので、

ぜひ一度見てみてください。

接近-回避の葛藤③「梅雨と秋雨」

 

こんばんは、しがです。

毎年、9月よりも梅雨の方が圧倒的に降水量は多いイメージですが、

最近の気象、梅雨以上に雨が降っているように感じます。

多く降ろうが少なく降ろうが、雨は好きです。

雨の音を聞くと落ち着いたり、夏の夕立ちの後のコンクリートの匂いが良かったり、

雨を理由に堂々と部屋にひきこもれたり等、挙げたらキリがありません。

 

降水量の多い梅雨と9月の雨、同じ雨のよく降る時期でも、その雨をとりまく環境はぜんぜん違います。

2つの雨の時期をこれまで受けた印象で比較して、雨の中でもどちらの時期の雨が自分にとってより好ましいかを考えてみました。

ちなみに、西日本の日本海側での生活が長いです。

①梅雨

趣がある:梅雨入り・明けの発表があり、梅雨という5番目の季節があるように感じられ、暑い夏に向けて、準備期間のような丁度良いクッションになる。雨の日の森を歩くと、緑の匂いがより強くなり、植物の元気な姿を見ると、気持ちが生き生きする(特にコケの色と匂い)。

趣がない:夏まじかの雨、ジメジメしていて、肌にまとわりつく湿気と汗が不快です。

②秋雨

趣がある:まだ暑さが残る9月に雨が降ると、その後、気温が下がる。その時のヒンヤリとした空気が秋の気配を感じさせて、気候的に丁度良い。

趣がない:台風のときは節操なくとことん雨が降る。梅雨のような入りと明けがなく、季節の境界がボンヤリしている。台風を除いて、雨よりも曇りが多いため、雨季としてはインパクトに欠ける。

③服装

趣がある:秋雨。少し肌寒くなってくるので、着れる服のバリエーションが増えて、組み合わせを楽しめる。

趣がない:梅雨。湿気でジメジメしていて、Tシャツと短パンがベストです。とても、シンプル。

④雨の歌

今のところ、梅雨と秋雨、甲乙つけがたいので、雨の日によく聴く曲で勝負をつけたいと思います。

1960年代のギリシャのバンド「アフロディテス・チャイルド」の「rain and tears(雨と涙)」という曲です。

これは、台湾の映画「百年恋歌」(侯孝賢 2006公開)の第一部で流れる、とても素晴らしい曲です。

歌詞を見ても、外国産なので、日本独特の季語のようなものは出てきません。

なので、この歌からはどの季節を歌っているのかは、解明することはできませんが…

秋のシトシト降る雨と台風の大雨が、頬を伝う強弱のある涙のようであり、

メロディーから、どことなく秋の哀愁のようなものを感じられるので、

秋の雨の日に聴くほうがしっくりきます。

夏に向けて季節的に盛り上がる梅雨の時期の曲ではないと判断しました。人によって解釈は異なるとは思いますが。

 

梅雨と秋雨を比較するための材料はまだまだ他にもあるでしょう。

現段階では、

日々の過ごしやすさ、季節感、好きな音楽を重視して、秋の雨の方が好ましいという結論にいたりました。

秋雨を選んだからには、好きな音楽を聴いて、好きな服を着て、残り少ない9月の雨を、しっかりと楽しみながら、過ごそうと思います。

僕がなによりも傾聴を大切だと思った理由(焼き直し)

 

こんばんは、しがです。

人生において、初めてしっかりと傾聴されたと思えた相手はフィリピン人の英語教師でした。

今まで、傾聴サービスを除いて、相談にのってもらう機会は何度もありましたが、共通していることは、最終的にはその聴く側の主観を押し付けられただけで、自分がどうしたいかの真の答えをうやむやにされ、不完全な傾聴で終わることが多かったです。

表面的にはスッキリしたかもしれませんが、内面的には何もスッキリしませんでした。

しかし、その英語教師の場合、彼の主観を押し付けてくることは一切なく、あくまで答えを出すのは話し手の自分でした。

答えを自分で出す。

言い換えると、彼が話し手主導で進んでいるように思わせてくれるような助け船(質問、うなづき、共感)を出してくれるおかげで、それに呼応して答えが浮かびあがってきました。

これは聴き手によって答えに誘導されているように感じますが、それとは逆で、話し手の話す内容によって、聴き手が誘導されているんです。

それで、誘導された聞き手がすることはこれから誘導されるであろう行き先をわかりやすく照らしてあげることです。

そこに具体的な指示はありません。

あくまで、舵をとって方向を選ぶのは話し手の自分で、数ある中の答えを選ぶのも自分自身です。

これが彼の傾聴のスタイルでした。

彼は28歳と若く、専門的なカウンセリングの勉強をしたこともありませんし、傾聴のテクニックをもってるわけでもありません。

 

しかし、それらを補うように彼は常に安定しています。

①まずは、声の安定。

耳に残る声というよりは脳に直接残るような声という感じがしました。

ジョークを言うときは若干高くなりますが、基本は一定していて低くて甘い声。

声が安定している。声によどみがない。信用できる声でした。

②次に、スポンジとしての安定。

こちらの言葉で、彼の心が悪く乱れることはありません。

悲しい話をしたときは、あたたかい温度で聴いてくれます。

楽しい話をしたときは、チャーミングな身振り手振りで、聴いてくれます。

どんなものでも吸収してくれる柔らかいスポンジのように発する言葉を全部吸いとってくれる。

なので、どんなきわどい話でも安心して話すことができると思わせてくれます。

③最後に、鏡としての安定。

自分の言った言葉が再び彼から返ってきます。

その際に、彼は創造的なアドバイスは一切なしで、うなづき、共感を基調として、伝え返しではユーモラスでわかりやすい言葉に言い換えて返してくれます。

自分の言った言葉が良い塩梅で返ってくるので、頭の中にうまく残ります。

これらの3つの安定から、「安定」とは、自分の姿をよどみなく安心して見つめることができる鏡なんじゃないかなと思いました。

 

以上の「話し手主導で答えに導いてくれる傾聴」と「聴き手が安定していること」の連鎖によって、すべてを話し、問題点を考察し、整理し、自分で答えを出すことができました。

彼に話を聴いてもらって、身も心も救われるくらいに軽くなり、

こんな体験は生きていて初めてでした。

もっと早く話せれば良かったとさえ思えました。

でも、ここまでしっかりと傾聴してくれる人は周りにはなかなかいません。

安心したいとき、整理したいとき、進めないとき、

まずは、家族、友達、同僚、師など、周りの中で、話しをちゃんと聴いてくれる人を探してみてください。

もし、いなかったら、そのときは電話サービスで自分に合う相手を探してみるのも良いと思います。

 

接近-回避の葛藤②「日常のささやかな選択」

 

こんばんは、しがです。

今日は、日常生活で直面するささいな葛藤について、利点(接近)と欠点(回避)をあげて、結論をだしていきます。

 

①真夜中のポテトチップス

利点:真夜中、テレビを見ながらのポテトチップスはこの上なく美味しい

欠点:ポテトチップスを食べた場合の翌朝の胃のしんどさははかりしれない

結果:30歳過ぎてからの不摂生は本当にしんどくなってきましたので、夜の間食はやめです。

 

②真夏のエアコン

利点:外のカンカンの暑さの中でのクーラーは最高の幸せ

欠点:クーラーの空間から脱した後の気怠さは最低の気分

結果:クーラーのない生活は夏バテ防止になるので、できる限り、夏はクーラーを使わない。

 

③冬の朝の2度寝

利点:朝、思ったよりも早く目が覚めて、予定の時間までもう少し寝れる時の布団の中のぬくもり

欠点:2度寝して、布団の中のあまりのあたたかさでそのまま熟睡してしまい、遅刻する

結果:冬は布団から出たくないので、アラームを計画的にセットして、3度寝くらいします。

 

④春の花見

利点:お酒を飲みながら、美味しいものを食べて、仲間とたわいもない話をするのは、ストレス発散に最適

欠点:重度の花粉症で、ストレスがたまるいっぽう

結果:くしゃみ、鼻づまり、目と喉のかゆみにより、1分・1秒単位でイライラするので、外で優雅に花を見ている状態ではなく、空気を清浄した部屋でゆったりと過ごします。

 

結局のところ、今回吟味したシチュエーションにおいては、精神的なストレスよりも、身体的な苦痛の方が優先されるみたいで、それを避けるような選択をしているようです。

接近−回避の葛藤①「断捨離」

 

こんばんは、しがです。

なんでもいいので、1つの成し遂げようとしているコトがあるとします。

しようとしている1つのコトにプラスの側面(接近)とマイナスの側面(回避)が両方あった場合、そのプラスとマイナスのバランスの強弱で、コトが達成できるかどうかが決まります(接近-回避の葛藤)。

まさに今、直面しているのが、部屋の大掃除で、いるモノ・いらないモノの整理をやっています。

①DVD化されていないお気に入りの映画のビデオテープ

プラスポイント:その作品を愛していることの自分への証明

マイナスポイント:ビデオデッキがないので再生できない

結果:ビデオデッキ買ったら、荷物がまた増えるだけなので、捨て決定。

 

②中華鍋

プラスポイント:中華鍋でつくるチャーハン、ニラ玉、麻婆豆腐がうまい、少し重いので鍋をふると筋トレになる

マイナスポイント:収納で場所をとる、コンパクトなフライパンで代用可

結果:コンパクトなフライパンでも麻婆豆腐が作れたので、捨て決定。

 

③ブーツ

プラスポイント:サイドジップでデザインはシンプル、色は枯れグリーンでいろんな服に合わせやすい

マイナスポイント:足とブーツの相性が悪く、履けば必ず靴ずれができる

結果:靴ずれが慢性化してきて、趣味の散歩に支障をきたしてきているので、捨て決定。

 

④ノースリーブのシャツ

プラスポイント:チェック柄の色の組み合わせが最高に素敵

マイナスポイント:30代男でノースリーブはキツイ

結果:マイナス強く、着る可能性0なのに、残留。愛着が勝ち、捨てることに負けました。

 

断捨離してみて、最終的に愛着だけに負けるケースが多かったです。

無駄なものをこれ以上増やさないというよりは、愛着がわくおそれのあるモノを増やさないようにと強く思いました。

 

トラウマ④「おへその思い出」

 

こんばんは、しがです。

昨日までの暑さは忽然と姿を消し、今日は涼しい1日でした。

まだ遠いかもしれませんが、秋のはじまりを少し感じました。

「お腹を出して寝ると、風邪ひくわよ」と季節の変わり目によく言われた記憶があり、

当時、スイミングスクールに通っていて、周りの生徒たちのお腹ばかり見ていた時期があります。

僕は「でべそ」でした。

どうして、周りの人たちのおへそはへっこんでいて、自分のおへそはとびだしているんだろう?

何度見ても、僕以外、おへそがとびでている人は皆無でした。

この周りとの違いをとても恥ずかしく思い、ある時はタオルで隠したり、お腹の肉で無理矢理隠そうとしたり、手で押し込めたり、真剣に悩みました。

今のように手軽にインターネットで調べることもできず、誰にも相談できず、モヤモヤした年代。

 

しかし、10代の後半になった、ある日、おへそはへっこんでいました。

まるでそれは、なかなか止まらないしゃっくりが、いつのまにか止まっていたかのように、へっこんでいることに気づかされました。

なんでこんなことで悩んでたんだろうと後悔した覚えがあります。

たかが「でべそ」かもしれないけど、自分にとっては、嫌な思いをして生きた時間が確実にありました。

もっと早くに誰かに相談したり、おへそのことを過度に気にしていなかったら、どれだけ伸び伸びと生きることができただろうか。

吐き出すことで、少し違う未来があったのかなと……

夏の終わりの寝しなに、お腹を出していて、ふと思い出しました。

 

もうすぐ秋です、

紅葉のように真っ赤な色の大きな大きなテント、

外は肌寒いのに、中は役者さんとお客さんで熱気を帯びた紅いテント、

神社の境内に突然現れて、おへそがいなくなったように、ある日忽然と姿を消すテント、

今秋の唐組公演、鬼子母神さんに観に行こうと思っています。

トラウマ③「お酒」

 

こんばんは、しがです。

誰にでもお酒の失敗話はあると思います。

自分の場合、失敗ではないんですが、そのときの光景が後をひいて、お酒を飲めない時期がありました。

 

ずっと以前のこと。

友人と一緒に泊まりで他の友人の家に招待されたときのことです。

その夜は、ステーキ祭りというくらいに食べたらさらにステーキがオートマティックに出されるという夢のような食卓でした。

人生で初めてビールというものをのむことになったんです。

初めてなので、ペースもわからず、ビールもオートマティックにどんどん飲みました。

どうやらお酒の強い人間ではなかったようで、食べたものを全部戻してしまいました。

しかも他人様の家で、あらゆるところに派手に。

吐いた時の気持ち悪さよりも、そのときの気まづい雰囲気が頭の中に残り、ビールを見ると無条件にその光景が頭に浮かび、ビールを一切口にできませんでした。

それが、数年後、お酒を出す飲食店で働くようになって。

その店では、ビール以外にシャンディガフを出していて、それに入れるジンジャーエールが自家製でした。

生姜感満載で喉がスースーし、でも口当たりはとてもすっきり。

とにかく市販のものよりも、圧倒的に美味しいものでした。

そのジンジャーエールとビールを配合して、シャンディガフを作っていたので、そのジンジャーエールを飲みたくて飲みたくて、自分で作ったシャンディガフを毎回味見していました。

すると、いつのまにか、ビールを見たときに無条件にこの自家製ジンジャーエールが頭に浮かぶようになったのです。

吐いた時の気まづい雰囲気の記憶によるビール拒否の反応が消去されて、新たに自家製ジンジャーエールのうまさとビールが連合し、ビールを口にできるようになりました。

累計で、何リットルかというくらいの量の味見をしていたので、イメージがうまくすり替わって、克服できたんだと思います。

考えることができる人間にとって、良い悪いにかかわらず、習慣による学習というものの大切さをしみじみと感じました。

 

最後に「酒」と「習慣」に関連する映画を少しだけ紹介します。

1つの作品ではなくて、韓国のホン・サンス監督の全作品です。

この方の作品は、ほぼ全て、作中で当然の「習慣」のように「酒」をのむ、飲み会シーンがあります。

場合によっては、管を巻いた飲み会が延々と続きますが、単純な場面なのに見ていて退屈しません。

何も予定のない休日の昼間に、ぜひ、度数の高いお酒をのみながら、おつまみにホン・サンス監督の作品を、

 

新たなお酒の習慣にどうぞ。

 

とうきょうさんぽ「僕がなによりも傾聴を大切だと思った理由⑦」park10

 

こんばんは、しがです。

リッキーとの出会いの後、週末の連休に山を降りる許可を主任から得ることができたので、念願の風力発電風車群を見に行くことができました。

そもそも、フィリピンに来たのは、この風車群が目的。

雲のない天気で、陽射しはかなり強く、もう少し自分が軽ければ体ごと飛ばされるんじゃないかと思えるくらいの強風が吹いていました。

まさかの観光地になっていて、入口近辺にお土産屋と食堂が並んでいて、フィリピンの方々がちらほら。

入口から歩くこと約1km、人の気配はなくなり、強い風と白いブレードがまわるだけの異空間にたどり着きました。

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海岸沿い以外は無秩序。

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歩けども歩けども、人影はなく、風車の影が等間隔で並んでいるだけ。

聞こえるのは風と波の音。

波で濡れた荒い粒子で、裸足で歩くには少し痛いくらいの砂浜を風車に沿って夢中で進んでいると、何も考えていない瞬間が何度かあり、

頭の中の複雑な事象が、スーッと整理されたような感覚になりました。

 

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バンギの海岸を遠くに見渡すことができるパグドプッドのビーチから、夕やけの白い無機質な風車を見ることができて、心が本当に落ち着きました。

夜は見上げれば満天の星空。

人との出会いも含めて、フィリピンに来れて、良かった。

 

バンギ

マニラから車で約10時間