トラウマ③「お酒」

 

こんばんは、しがです。

誰にでもお酒の失敗話はあると思います。

自分の場合、失敗ではないんですが、そのときの光景が後をひいて、お酒を飲めない時期がありました。

 

ずっと以前のこと。

友人と一緒に泊まりで他の友人の家に招待されたときのことです。

その夜は、ステーキ祭りというくらいに食べたらさらにステーキがオートマティックに出されるという夢のような食卓でした。

人生で初めてビールというものをのむことになったんです。

初めてなので、ペースもわからず、ビールもオートマティックにどんどん飲みました。

どうやらお酒の強い人間ではなかったようで、食べたものを全部戻してしまいました。

しかも他人様の家で、あらゆるところに派手に。

吐いた時の気持ち悪さよりも、そのときの気まづい雰囲気が頭の中に残り、ビールを見ると無条件にその光景が頭に浮かび、ビールを一切口にできませんでした。

それが、数年後、お酒を出す飲食店で働くようになって。

その店では、ビール以外にシャンディガフを出していて、それに入れるジンジャーエールが自家製でした。

生姜感満載で喉がスースーし、でも口当たりはとてもすっきり。

とにかく市販のものよりも、圧倒的に美味しいものでした。

そのジンジャーエールとビールを配合して、シャンディガフを作っていたので、そのジンジャーエールを飲みたくて飲みたくて、自分で作ったシャンディガフを毎回味見していました。

すると、いつのまにか、ビールを見たときに無条件にこの自家製ジンジャーエールが頭に浮かぶようになったのです。

吐いた時の気まづい雰囲気の記憶によるビール拒否の反応が消去されて、新たに自家製ジンジャーエールのうまさとビールが連合し、ビールを口にできるようになりました。

累計で、何リットルかというくらいの量の味見をしていたので、イメージがうまくすり替わって、克服できたんだと思います。

考えることができる人間にとって、良い悪いにかかわらず、習慣による学習というものの大切さをしみじみと感じました。

 

最後に「酒」と「習慣」に関連する映画を少しだけ紹介します。

1つの作品ではなくて、韓国のホン・サンス監督の全作品です。

この方の作品は、ほぼ全て、作中で当然の「習慣」のように「酒」をのむ、飲み会シーンがあります。

場合によっては、管を巻いた飲み会が延々と続きますが、単純な場面なのに見ていて退屈しません。

何も予定のない休日の昼間に、ぜひ、度数の高いお酒をのみながら、おつまみにホン・サンス監督の作品を、

 

新たなお酒の習慣にどうぞ。

 

とうきょうさんぽ「僕がなによりも傾聴を大切だと思った理由⑦」park10

 

こんばんは、しがです。

リッキーとの出会いの後、週末の連休に山を降りる許可を主任から得ることができたので、念願の風力発電風車群を見に行くことができました。

そもそも、フィリピンに来たのは、この風車群が目的。

雲のない天気で、陽射しはかなり強く、もう少し自分が軽ければ体ごと飛ばされるんじゃないかと思えるくらいの強風が吹いていました。

まさかの観光地になっていて、入口近辺にお土産屋と食堂が並んでいて、フィリピンの方々がちらほら。

入口から歩くこと約1km、人の気配はなくなり、強い風と白いブレードがまわるだけの異空間にたどり着きました。

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海岸沿い以外は無秩序。

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歩けども歩けども、人影はなく、風車の影が等間隔で並んでいるだけ。

聞こえるのは風と波の音。

波で濡れた荒い粒子で、裸足で歩くには少し痛いくらいの砂浜を風車に沿って夢中で進んでいると、何も考えていない瞬間が何度かあり、

頭の中の複雑な事象が、スーッと整理されたような感覚になりました。

 

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バンギの海岸を遠くに見渡すことができるパグドプッドのビーチから、夕やけの白い無機質な風車を見ることができて、心が本当に落ち着きました。

夜は見上げれば満天の星空。

人との出会いも含めて、フィリピンに来れて、良かった。

 

バンギ

マニラから車で約10時間

 

男の簡単お料理2

 

こんばんは。しがです。

今日は暑いのでお手軽料理に挑戦してみました。

豆苗と豚肉とえのきのポン酢蒸しです。

豆苗、豚肉、えのきをミルフィーユ状に重ね、ラップをしてチンしただけの簡単料理ですが、美味しいです。

image重ねてます

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ラップをし、レンジで3分加熱すると、、
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出来上がり。ポン酢をかけていただきます。

クタッとなって、かさが減るのでお野菜もたくさん摂れますね。

このあとは野菜から出た水分を使って、おじやも電子レンジでチンで作りました。

 

まだまだ暑い日が続きますが、みなさん栄養補給しっかりして、乗り切りましょうね。

 

今日もたくさんのお電話いただきましてありがとうございました。

とうきょうさんぽ「夏の終わり」park9

 

朝7時発の高速バスに飛び乗って、茨城に向かいました。

ほんのり涼しい風が気持ちよい散歩日和で、12kmほど歩きました。

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映画「アウトレイジ」の最後の方の椎名桔平さんのシーンで使われたロケ場所。

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映画の中では悲惨なシーンですが、実際の場所には市内の小中高生が描いた絵が防波堤の壁に延々と連なっていて、非常に穏やかな場所。

風車のブレードが風をきる音、よってはかえす波の音で、こんなにも安定した気持ちにさせてくれる場所はなかなかないと思います。

 

波打ち際での、釣り人、

波しぶきに動じることなく、激しくうなる海面に向かってもくもくと竿を振る姿が、かっこよく、惚れ惚れ。

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手前の風車とは違って、砂けむりによって幻かのように浮かび上がる遠くの12基の風車群の出で立ちが、時間の流れが止まったように感じさせます。

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帰りしなに鹿島神宮にお参り。

偶然にも、この日に神宮の還幸祭があり、御神輿の行列や屋台のお祭りさわぎ。

お祭り後の参道の風景は、人の数もまばらになり、屋台を片ずけている店主もいて、寂しい気持ちがわきつつも、にぎやかな暑い夏の終わりから実りの秋への期待に切り変わる瞬間にも思えました。

image夏の終わりに今年できていなかった夏らしさを一度に体験できました。

今年は屋内で過ごすことが多く、この日のリフレッシュ散歩の代償は、ヒリヒリが2,3日継続中です。

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海苔巻きライスバーガー

 

こんばんは、しがです。

最近、だいぶ涼しくなってきたので、お昼は公園でお弁当を食べています。

ハマっているのが、「おにぎらず」。

大きめのノリにゴハンと具をのせて包むだけ。

あとは切ると、キレイな断面が見えるはず…なんですが、毎度なかなか不格好なおにぎらずになってしまいます。

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今日のおにぎらずの具は、ハムと玉子焼きとアボカドマヨネーズディップ。

冷蔵庫の中の残りものを適当に組み合わせて作れるのが、おにぎらずの良いところ。

今のところ、きんぴらゴボウ、唐揚げが当たりでした。

今後、豚生姜焼き、キーマカレーなどどんどん包んでみようと思います。

 

僕がなによりも傾聴を大切だと思った理由⑥

 

こんばんは、しがです。

骨抜きにされた日の翌日、逆にインタビュアーになって、彼のこれまでの道のりを聴くことにしました。

英語なので、わからない部分もありましたが、精一杯、一言一句聴き漏らさないようにして、彼から出てくるものを追いかけました。

・酒呑みでたびたび暴れるどうしようもない父がいたこと

・家事をするのもたいへんなほど病弱な母と幼い妹のこと

・家族に働ける人がいなかったので、家計のために8歳から市場で必死に働いていたこと、勉強も同じくらいやったこと

・生まれつき、視力が低く、生活で苦労したが、今は支障がないこと

・クリスマスにお母さんとローカルバスで渋滞の中、何時間も揺られて、ファ×××(汚い言葉)と言い続けた日の笑い話

・貧しい場所で生まれたけれど、その場所に生まれたおかげで、英語を話せること、それでたくさんの人に英語を教えられること、それはとてもとても幸せなこと

 

節々から、彼には甘えがなく、どんな苦境でも生きていく強さがあることがわかりました。

風貌からはその苦労がしみ出ていないだけに、ひたすら驚いて、後手にまわってしまい、

今振り返ると、共感の難しさに加えて、あいづちのタイミング、聴く側の姿勢、いいかえの言葉の選び方など、できていないことも多々あり、うまく吸い出すことができませんでした。

 

一方で、前日の彼の傾聴には、声、姿勢、距離、空間、時間などの傾聴の基本的な要素が整っているように思え、

さらに凄いのは、絶妙な言葉選びによる共感のみで、創造的なアドバイスは一切なかったことです。

彼の傾聴がとてつもなくうまいのは、

彼は常に安定していて、決してブレない強い芯があることと、

カウンセリングの勉強はしていないそうなので、何千人もの多種多様な生徒に真剣に向き合って英語を教えていた経験によるものだと思いました。

何度思い返しても、あの時間は、吸いとられるように話しを聴いてもらっただけでした。

それでも、話しを聴いてもらっただけで、やるべきことが浮き彫りになり、

あとは、浮き彫りを実践するかどうかは、自分の意志次第というところまで、動かされました。

答えは聴き手からもらうものではなくて、自分自身で出すものという導きがそこにありました。

 

聴き手として、資格の有無、年齢(彼は28歳)はあまり関係ないと思いました。確かにそれらは勉強量や経験の目安になるかもしれません。

それよりも、聴く側の資質として、大切なことは「安定していること」だと、リッキーと接して思いました。

もうひとつは、聴き手の意見を押し付けない事。

つまり、主観を除外して、バイアスをかけずに、話しをちゃんと聴いてくれる人であること。

 

最も大切な要素である、「安定」とは、自分の姿をよどみなく安心して見つめることができる鏡なんじゃないかなと思いました。

 

これが、人生において、ちゃんと傾聴をしてもらった初めての体験でした。

確かに体重は減りましたが、それ以上に物理的何かが減ったような身軽さを感じることができました。

傾聴において、リッキーとは、いまだに歴然たる差があると思います。ただ彼の背中を追いかけるのではなく、自分独自の安定というものをこれからもつきつめたいと思います。

 

安心したいとき、整理したいとき、進めないとき、

家族、友達、同僚、師など、周りの中で、話しをちゃんと聴いてくれる人を探してみてください。

もし、いなかったら、そのときは電話サービスで自分に合う相手を探してみるのも良いと思います。

僕がなによりも傾聴を大切だと思った理由⑤

 

こんばんは、しがです。

前回の続き。

先生の名前はリッキー。

初対面なので、名前、年齢、趣味、職業、簡単な自己紹介を済ませる。

リッキーとの授業初日のはじまりは、写真を見て、どう思うかというものでした。

写真には、一面に空が広がっていて、上部に雲があり、その雲の割れ目に向かって地上から階段が続いています。その階段をかけあがっている人間が1人。

リッキー「これを見てどう思う?」

しが「先の見えないゴールを目指す人間で、決してゴールまであきらめない。」

リッキー「どうして?」

しが「天まで伸びている階段の先端が見えないので、先の見えないゴールとしました。いったん動き出したら途中であきらめるのは嫌だから。」

リッキー「素敵!素敵!」

という感じで、他の写真をもう何枚か見て、どう思うかのやりとりを繰り返した。

なるべく、どんな写真もポジティブに考えて、答えを出した。

その都度、リッキーは僕の答えに対して、笑い話を交えながら、共感してくれた。

このわずかな会話のキャッチボールで、リッキーには僕の何かがわかったようだった。

リッキー「生きててしんどくないか?」

彼が過去の経験や統計のようなものからそれを察知しているのか、感覚で察知したのかは、僕にはわからなかった。

ただ、彼の聴く力はとてつもなく凄いことだけは伝わってきた。

1畳くらいの狭い部屋の中、小さな机を挟んで2人だけの空間。

僕が話しをしている間、彼は瞬きもせず、笑顔でもなくシリアスな顔でもない丁度良い中間の顔でうなづく。

時折、感情の部分に対しては大きな手の振りでうなづいてくれる。

僕の発する言葉を大きくて柔らかいスポンジが一滴も漏らさず受け止めてくれるかのような感覚だった。

彼は聴く力に特化しているだけではなかった。

僕が言ったことに対してのいいかえでは、ユーモラスでわかりやすい言葉に置き換えられ、自分の言葉が良い塩梅で自分に突き刺さる。

ただし、先端が丸みのある言葉のような感じがしたので、突き刺さりはしない。

まさに彼はミスのない精密な鏡。

誤差なく丁寧に反射してくる。

ちゃんと聴いてくれてるからこその芸当だと思った。

最も印象に残っているのは、声。

耳に残る声というよりは脳に直接残るような声という感じがした。

それはおそらく彼の持って生まれた声の質かもしれない。

彼のしゃべる英語はネイティヴに近い早さなのに、頭に残る声により、意味が理解しやすかった。

ジョークを言うときは若干高くなるが、一定していて低くて甘い。

声が安定している。声によどみがない。声を信用できる。

声という最強の剣と傾聴という最強の盾を交互に使いこなされ、絶対に誰にも言いたくなかった自分の秘密ゾーンに足を踏み入れられ、自発的にすべてを話した。

ずっと背負ってきた重いものがなくなり、整理整頓され、身も心も軽くなった。

「これまで、よく頑張った」と言われ、さらに軽くなる感じがして、涙はえんえんと流れ続けた。

彼は抱擁してくれた。

ただ英語のレッスンを受けに来ただけなのに。

今この瞬間を外から見られたら、気まづいなとは思った。

続く

とうきょうさんぽ「エコな派遣労働者」park8

 

こんばんは、しがです。

立川のIKEAに買物に行ったときのことです。

多摩モノレール沿いにピクニックに最適そうな草っ原がありました。

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そこにはレジャーシートを敷いた人々ではなく、ヤギがいました。

こんな街中でヤギを放牧させるなんて、イキだなと思いましたが、

どうやら、ヤギさんたちは立飛ホールディングスの総務部に所属している会社員だったのです。

業務は除草。

食べることが仕事。

人間がおこなった場合の人件費、電気代など、経費を節減できる。

なによりも良いのは、

ヤギは草を食べて、消化して、そんなに大きくなく臭くない糞を排出する。

その糞は土となる。

ヤギは草を食べて生きれる。

ヤギの食べて生きるという自然な行為が、人が作業した場合の草の処理という手間をおもいっきり省いてくれる。

しかも、ヤギの草を食べている姿を見て、癒される人もいる。

素敵なエコの連鎖だと思って、いたく感動しました。

しかし、近い将来、この土地には商業施設が建つそうなので、ヤギの仕事を見れるのもそう長くはありません。

ヤギたちは、牧場や瀬戸内海の島などからやって来てるので、もとの場所に戻っていくだけ。

故郷の草と立川の草、どっちが美味しいんだろうか?

トラウマ②「アクロフォビア」

 

こんばんは、しがです。

東京タワー、高層ビル、崖、観覧車、吹き抜け横のエスカレーター、

絶対に安全なのに、そこにいるだけで身動きがとれず、すぐにでも落ちるんじゃないかと恐怖を感じます。

高所恐怖症(アクロフォビア)

おそらく、幼少時にヘリコプターに乗った記憶がかすかにあるので、それが原因ではないかと考えています。

 

高所恐怖症に関連した映画を紹介します。

ブンミおじさんの森

(アピチャートポン・ウィーラセタクン監督 2011公開)

冒頭の「森や丘や谷を前にすると、動物や 他のものだった私の前世が現れる」の表示とともに、
暗がりの森の中で前世であろう牛が逃げ出すシーンから物語は始まります。

お盆に親戚や死人が故郷に帰ってくるかのように、
亡くなった妻の妹親子、幽霊の妻、猿の精霊の息子が、ブンミおじさんの家に集まってきて、最後までの時間を共に過ごします。

不思議な前世や突然幽体離脱する難解なシーンはありますが、
「ブンミおじさんの残りわずかな日常」や「タイののどかな田舎の風景」の不変で色彩豊かな断片が、穏やかな気持ちにさせてくれます。

特に、蚊帳の透き通ったピンク、カーテンの薄いブルー、屋外に見える葉っぱの淡いグリーン、蚊帳の中のベッドですやすやと眠るブンミおじさんの妻の妹、窓から差し込む光によって徐々に消えゆく幽霊の妻、
これらが1つの画面におさめられたショットはとても美しく、見とれてしまいました。

この作品は、あるお寺の僧の著書「前世を思い出せる男」から着想を得たそうで、前世がテーマになっています。

自分には前世の記憶は全くありません。

もし、自分に前世があるとすれば、冒頭のシーンの言葉をかりると、こういう解釈ができるのではないかと思いました。

「高い場所から見下ろす景色を前にすると、動物や 他のものだった自分の前世が現れる」

「前世で高所に悪い因縁があり、それを思い出すことで、高所に恐怖を感じる」

 

最後のシーンで、タイのバンド
「Penguin Villa」の「アクロフォビア(高所恐怖症)」が流れます。

高所恐怖症と恋のドキドキ感をかけあわせたポップな曲。

まさに、つり橋効果。
高所恐怖症の自分だったら、簡単に混同するでしょう。

トラウマ①「犬」

 

こんばんは、しがです。

今日は最近観た映画を紹介します。

「イヌミチ」(監督 万田邦敏 2014公開)

あらすじは、仕事と恋がうまくいかない編集者の女性と何でも簡単に受け入れてしまう販売員の男性が、あることをきっかけに出会い、イヌと飼い主の関係になって、数日間を過ごすというお話です。

最初はほんの出来心でイヌのフリをしていた女性も日にちが経つにつれて、イヌらしくなっていきます。

特に3日目の朝、飼い主が厚手の布団の中ですやすや寝ている横で、イヌ(女性)が洗濯物カゴやゴミ箱をひっくり返しながら、「ワン」と叫ぶ姿には、発声が本物の犬のように感じとれ、痛快なすがすがしさを感じました。

作品の中で言っています。

「イヌのミチはシンプルで盲目。イヌは寝て、食べて、主人を待つ。」

人間は、多種多様な問題に直面して、苦しくなる場合があります。

そういうときは、このイヌミチの彼女のように寝転がって、物事をシンプルに考えるのがいいと思いました。

一旦ストップして、頭の中を整理して、問題をわかりやすくし、選択肢がたくさんあるときは、少なくする。

「イヌミチ」 72分と尺が短く、苦しみから解き放たれるシーンもあり、スッキリとみれる映画です。

 

小さい頃、自転車に乗っていたら、突然、アキレス腱のところをイヌにガブリと噛まれました。

それ以来、犬が前からやってくると、今でも後ずさりして、イヌのミチをあけてしまいます。

映画の中のイヌになる彼女を見て、飼われることで逆に自由を得られる犬の行動(選択の幅をせばめることで得られる自由なモノ)が透けて見えて、

犬に対する認知が少し穏やかなものに変わったように思えました。

まずは、近所の大家さんのイヌに少し寄りそってみます。